2010年09月13日

第7回配信 女木島の熱い島人魂(後編)橋本浩暢さん



 女木島は高松市の北約4kmに浮かぶ面積2.66平方km 、周囲8.9km の島です。
島の中腹には巨大な洞窟があり、民話桃太郎の鬼ヶ島の鬼の住みかとされ、多数の観光客で賑わっています。
島の名前の由来は平家物語で有名な源平合戦で、那須与一が射た扇のこわれた残りが流れ着いた、ということから「めぎ(めげた=こわれたの意の讃岐の言)」という島名がついたと言われています。
他にも紀と呼ばれる出雲系の種族が住み着いたので「紀島」と名付けられたという説、古事記の「姪姫(玉依姫)島」によるものという説などがあります。 
島の風景で目を引くのは島民が「オート」と呼んでいる冬場に吹き荒れる風(北西の季節風が山頂に当たり、方向を変えて吹きおろしてくる。海岸沿いの家は波しぶきをかぶり海水が家の中まで入りこんでくる。)対策で、家の南側に屋根の妻に届くまでに2m〜5mの高さに組まれた「オーテ」と呼ばれる石垣です。
この風景は沖縄の島々を彷彿とさせます。
瀬戸内の宝、白砂青松に恵まれた女木島は、夏には香川県を代表する海水浴場としてにぎわいます。

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2010年09月12日

第7回配信 女木島の熱い島人魂(前編)橋本浩暢さん



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さぬき瀬戸アイランドラジオ 第7回配信は、女木島の橋本さんに 女木島の島人魂を、熱く語っていただきました。鬼の洞窟のこと おおてのこと、島の勇壮な祭りのこと、そして来年開催される「瀬戸内国際芸術祭」のこと・・・
橋本さんのお話は、島の歴史と文化への愛情にあふれていました。

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第6回配信 志々島での日々(後編)山地常安さん



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志々島は詫間港の北西5.5kmの海上に浮かぶ、面積0.74平方km、周囲3.8kmの島です。
島名の由来は息長帯姫が十握剣の神璽(しんじ)を納めて、十握明神として祭ったことにちなんだとか、鹿(しし)が多く生息していたとも、詫間荘の四至(しし)にあることにちなむとも言われています。また一方京都の紫宸島、また西行法師が行脚の途中でこの島を見て「獅々に似たる島」として獅々島と名付けたという伝説もあります。
島の頂上まで開墾され、良好な漁場にも恵まれて明治以降繁栄していましたが、高度経済成長に伴い次第に衰退し、200戸1000人を数えた住民も昭和30年代から激減してしまいました。島の北東部には樹齢1000年以上と言われる香川県の天然記念物・大楠の木があります。両墓制、戦国時代の哀話にまつわって、正月に餅をつかない等の貴重な民俗風習も残された、歴史の奥深い島です。昭和20年代には天まで続く段々畑に除虫菊が咲き乱れる瀬戸内の島を代表する景観を持った島でもありました。


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第6回配信 志々島での日々(前編)山地常安さん



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さぬき瀬戸 IslandRadio 第6回目の配信は、
香川県三豊市詫間町志々島在住の 山地常安さんご夫婦に、
豊かで愉快な志々島暮らしの日々をお聞かせいただきました。
インタビューをさせていただいたご自宅(独力でリホームされた古民家です。)には、秋の日差しがあふれ、古風な柱時計がチクタク島時間を刻んでいました。

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第5回配信 私の子供時代の粟島(後編)小西望さん



小西さんが在学時代の粟島航海学校の写真です。


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